イラク北部の都市キルクークには巨大な油田があるために、サッダーム・フセイン政権の下、トルコ人、クルド人が追い出された経緯を持つ。2003年4月の第2週頃、アメリカ軍のキルクークへの進攻に伴いイラク人は町を離れ、周辺都市からクルド人が来訪、略奪を繰り返すようになった。トルコは自国のクルド人が独立国家を設立しようとする可能性について懸念を抱いており、キルクークがクルド人自治区となること(ひいては原油関連事業の資金がクルド人の手に渡ること)に反対していた。アメリカ政府もトルコ政府のこの方針に賛成し、クルド人自治区はほとんど現状維持という形となった。
しかしながら、当然のこととしてクルド人の独立志向がそれで止むと言うことにはならず、キルクークやモスルでペシュメルガによるアラブ人やトルクメン人、アッシリア人に対する民族浄化が多く報告される他、2006年9月にはクルド民主党党首であり、自治区議長を務めるマスード・バルザニが自治区でのイラク国旗使用を廃し、クルド旗の掲揚を命じる議長令を発布する等事実上の独立に向けた動きを加速させている。
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こうした中、2007年3月末にはクルド人のキルクーク帰還と入植アラブ人の帰郷を進める法律にマリキ首相が署名した。
しかし、入植アラブ人の帰郷が強制的な追放ではなく当人の任意とされたことに同法案をキルクークのクルド自治区編入と、対アラブ人民族浄化の総仕上げと位置づけるクルド側は強く反発しており、またアラブ人側もシーア派主体の同市においてマフディー軍が躍進するなど強い抵抗の構えを見せている。
また、同市の民族紛争においてはアルカーイダを始めとするスンニ派の武装組織がマフディー軍に協力を与えているとの報道もあった。この様な民族間、宗派間の綱引きの結果、2008年現在未だにキルクークの帰属に関する投票は行われていない。